2009/07/03

データマイナーが旅に出る理由

データマイナーは往々にしてドン・キホーテになる。

データマイニングを続けていると、いろいろなことが鮮明にデータから浮かび上がり、悟りともいうべき世界に至る。これまで正しいと思ってきたことが実にバカバカしく思えてきて、正しいものを徹底的に探求するようになる。そして会議室の存在に対する真理の探求がはじまる。

ph_big_03その「正しい」ものとは、もはやデータマイナー以外の人間にとっては理解不能となり、半ば狂っているように周囲からは見えるようになる。これはいくら易しく説明しようとしても無理なのだ。キリンを見たことの無い絵師に口頭でキリンを説明すると、こんな姿になっちゃうみたいに。これは「正しい」キリンじゃない。明らかに、この絵師が過去に見たことのある鹿に強い影響を受けている。キリンのあの姿は想像もつかなかっただろう。

データの動きは、データに浸かったことのある人間にしかわからない。脳の中でデータ群を抽象化したルービックキューブのような図形がぐにゃぐにゃに動くのだ。それを伝えること、そしてそれがなぜ正しいのかを伝えることは極めて難しい。対象が単純で、データとして明快にその効能が表出する場合なら良いが、そんなものは希有だ。

その結果、「正しい」と思われることは実行に移せない。そして、世の中のデータマイニングプロジェクトのほとんどが失敗するのだ。データマイニング系のイベントや懇親会は、愚痴イベントと化す(学会もそうかもしれないが)。毎回プレゼンでも話されるのが、「経営層はデータマイニングへ深い理解を示すべきだ」とか「短期的利益を求めるな」といったところ。逆に言えば、それだけの体力の無い会社はデータマイニングなどすべきではない。人を雇って人海戦術で行く方が絶対に良いのだ。規模が大きくなれば比例して収益が拡大する事業以外は。

そして今日も狂ったデータマイナーは旅に出る。